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横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)1147号 判決 1978年7月19日

原告 日本開発株式会社

右代表者代表取締役 森強

原告 日本梱包株式会社

右代表者代表取締役 森強

右原告ら訴訟代理人弁護士 冨永長建

被告 神奈川県

右代表者知事 長洲一二

右訴訟代理人弁護士 山下卯吉

右指定代理人 高橋一義

<ほか二名>

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告ら)

1  被告は原告日本開発株式会社(以下「原告日本開発」という。)に対し金五〇万円、原告日本梱包株式会社(以下「原告日本梱包」という。)に対し金一〇〇万円及びこれらに対する昭和五一年八月二一日から右各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告)

1  主文と同旨。

2  保証を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  いずれも被告の公権力の行使に当る公務員である神奈川県神奈川警察署警察官五名(小黒警部補を指揮者とし、箕輪作二を含む五名)は、訴外河上進一(以下「河上」という。)に対する不正競争防止法違反被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)について、同署警察官の請求により神奈川簡易裁判所裁判官が発付した捜索差押許可状(被疑事実の要旨は別紙記載のとおり。以下「本件令状」という。)に基づき、昭和五〇年一〇月二二日午前九時三〇分から午前一〇時五〇分までの間、原告らがそれぞれ横浜営業所として共同使用していた横浜市西区戸部本町五〇番地二一号所在第二山田ビル二〇一号室(以下「本件捜索場所」という。)内において、本件被疑事件の捜索差押を執行し、別紙押収品目録記載の物品を押収した。本件被疑事件及び関連事件である訴外白川一憲(以下「白川」という。)に対する同法違反被疑事件は横浜地方検察庁において不起訴処分となり、前記押収品は昭和五一年二月ころ全部還付された。

2  ところで、神奈川県神奈川警察署警察官による本件令状に基づく捜索差押は、以下の理由により、右警察官の故意又は過失によりなされた違法な強制捜査である。

すなわち、

(一) 昭和四八年一一月一二日、梱包請負等を目的とし、商号を株式会社引越梱包センターとして設立された原告日本開発(昭和五一年五月三一日、旧商号株式会社引越梱包センターから現商号に商号変更した。)の営業たることを表示するものとして、原告日本開発の代表取締役をしていた白川は、昭和四九年一一月ころから、別紙図面(一)ないし(三)記載のツルの形を象ったマーク(以下同図面記載の(一)、(二)、(三)のマークを「(一)のマーク」、「(二)のマーク」、「(三)のマーク」という。)など形、色彩の異なる数種のツルマークを原告日本開発の封筒、ステッカ―、営業案内書、看板、ダンボール、従業員の製服等に印刷して使用していたが、右白川のツルマーク使用は、訴外日本航空株式会社(以下「日航」という。)が自己の営業たることを表示するものとして使用している別紙図面(六)記載のマーク(以下「(六)のマーク」という。)と類似しているとして、当初右マークの使用者と目された河上に対する不正競争防止法五条二号、一条一項二号違反の嫌疑につき捜査するため、本件捜索差押が行なわれたものである。

(二) しかしながら、同法五条二号違反の罪が成立するためには、行為者に同法一条一項二号の行為があることに加えて、「不正の競争の目的」の存在が要件とされ、単に同法一条一項二号違反の行為のみでは被害者に不正競争行為の差止請求権が発生するのみであって、直ちに同法五条二号違反の罪が成立し、あるいはその嫌疑が発生するものではない。そして右「不正の競争の目的」とは公序良俗、信義衡平に反する手段によって、他人の営業と同種または類似の行為をなし、その者と営業上の競争をする意図をいうものと解されている。

しかして、本件令状請求時及び本件捜索差押時において、河上ないし白川にはもとより右「不正の競争の目的」はなかったもので、このことは同人らの主観において日航と営業上の競争をする意図が存在しなかったばかりでなく、その前提となる営業上の競争関係が存在しなかったことは、日航は定期航空運送事業、不定期航空運送事業及び航空機使用事業等の航空機利用事業を主たる営業内容とする大企業であり、他方原告日本開発は引越荷物の梱包請負等の陸上運送関連業務をなす小規模の企業体であることからも容易に推認しうるものである。捜査官としては、本件捜索差押をする前に、原告日本開発が日航と同種または類似の航空機利用事業を営み、日航と営業上の競争関係にあるか否かについて、運輸大臣に免許の有無を照会し、原告日本開発が航空機利用事業を行なっていないことが認められれば、それをもって本件捜査を終了すべきであった。また、裁判官の発した令状に基づく執行であるといっても、本件令状は命令状ではなく許可状の性質を有するものであるから、本件令状を執行する捜査官は執行時において改めて捜索差押の要件を充足しているか否かを検討する責務があるというべきところ、本件令状請求書の被疑事実の要旨の記載には被疑者が「不正の競争の目的」をもっていた旨の記載はなく、本件被疑事件の捜査官には本件令状請求時においてすら「不正の競争の目的」がなく、不正競争防止法違反の罪は成立しないことが明白であったのであるから、前記警察官らは、本件令状の執行をすべきではなかったのである。

(三) 以上のとおり、河上ないし白川に不正競争防止法違反の罪が成立する余地はなく、本件令状の請求及びその執行は犯罪の嫌疑なくしてなされた違法な処分であり、本件令状を請求した警察官及びそれを執行した警察官らは、いずれも被疑者に不正の競争の目的が存在しなかったことを知り又は容易に知りえたのであるから、故意又は過失があるといえる。

3  損害

(一) 捜索差押は公然と、捜索を受ける場所及び差押の目的物についての権利者の権利行使を制限ないし排除する性質を有するから、その行為自体処分を受ける者の社会的評価即ち名誉を毀損するものであり、原告らは本件捜索差押により、その名誉を毀損された。

(二) 原告日本開発は前記横浜営業所(入口には旧商号が表示してあった。)を公然と違法な捜査の対象とされ、差押を受け、これによりその名誉を著しく傷つけられた。その慰謝料は金五〇万円が相当である。

(三) 原告日本梱包は、梱包資材の販売、広告宣伝等を目的とし、肩書住所地を本店として、昭和五〇年四月一九日、東京法務局板橋出張所において設立登記したものであるが、前記横浜営業所を違法な捜査の対象とされ、日々の貸付、支払、売掛等の取引を記帳した支出帳簿等の差押を受け、測り知れない不便を強いられたもので、これによりその名誉を著しく傷つけられた。その慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

4  よって、国家賠償法一条一項に基づき、被告に対し、原告日本開発は金五〇万円、原告日本梱包は金一〇〇万円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五一年八月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告)

1  請求原因1のうち、本件捜索場所を原告らがそれぞれ横浜営業所として共同使用していた事実は否認し、その余の事実は認める。

同室入口に「日本梱包株式会社」という表示はあったが、同社は昭和五〇年一〇月二二日当時未登記であったし、原告日本開発の表示は全くなかった。

2  請求原因2(一)のうち、白川が昭和五〇年八月ころから原告日本開発の営業たることを示すものとして、その封筒、看板、営業案内書、ダンボールに白地に赤色でツルの形を象ったマークを使用していた事実、右白川のツルマーク使用は日航が自己の営業たることを表示するものとして使用している(六)のマークと類似しているとして、当初右マークの使用者と目された河上に対する不正競争防止法五条二号、一条一項二号違反の嫌疑につき捜査するため、本件捜索差押が行なわれた事実は認め、白川が使用していたツルマークが(一)ないし(三)のマークである事実は否認し、その余の事実は不知。

白川が使用していたマークは、(六)のマークからJALのマークを省いた白地に赤色でツルの形を象ったものである。

同(三)のうち、本件令状の請求及びその執行が違法であり担当警察官に故意又は過失があった旨の主張は争う。

3  請求原因3(一)の主張は争う。

第三者に対する被疑事件につき、ある場所を捜索差押をなすこと自体は、当該場所の所有者ないし占有者の社会的評価を害する言動のない限り名誉毀損にはならない。

同(二)の主張は争う。

同(三)の主張は争う。

なお、原告日本梱包は昭和五〇年一〇月二二日当時、いまだ商業登記されていない架空会社であるから、原告日本梱包が損害を蒙るいわれはない。

三  被告の主張

1  捜査の経緯

(一) 本件捜査の端緒

昭和五〇年八月一日、神奈川警察署防犯課員が横浜市神奈川区桐畑地区設置の東京電力株式会社電柱など九ヶ所に貼示した「白地に赤色でツルの形を象ったマークを表示して、引越し地方発送、日本梱包(株)」なる広告を現認した。

右広告物には横浜市長の許可印はなく違法表示と認められたので、更に調査したところ、同種広告物が神奈川区内の電柱、陸橋等に数百枚に及び貼示されている事実が判明した。

そこで、同月一四日貼示場所数ヶ所について写真撮影のうえ、横浜市長、東京電力株式会社、横浜電報電話局長宛に右広告物の貼示、掲出等につき許可の有無を照会したが、許可の事実はなく、これら広告物は横浜市屋外広告物条例二条、二〇条、軽犯罪法一条三三号に違反するものであることが認められた。

同時に、該広告物の前記ツルのマークは、日航のマークとして広く一般に知られているツルのマーク((六)のマーク)からJALの字の部分のみを除いたもので、色彩形状が著しく日航が使用するマークに類似し、不正競争防止法五条二号、一条一項二号違反の疑を生じたので、これが捜査を開始することとした。

(二) 捜査の経過

前記違法広告物に表示の電話番号(〇四五―三二二―五三〇〇)を基に捜査を進めたところ、電話は本件捜索場所に設置のもので、同室の賃借人は東京都田無市本町一―一一、河上であることが判明した。

そこで、本件捜索場所につき内偵したところ、事務所入口扉ガラス部分に、「日本梱包株式会社」名、直径15センチメートル位の円形の赤色のツルマークが表示されており、所内に五、六名の社員がおり、室内各所に赤色ツルマークを表示したダンボール箱が散見され、日航の出先機関の如き状況に見受けられた。

よって、右入口に表示せられていたツルマーク及び電柱貼示の広告物を写真撮影し、これらを添付して日航に照会したところ、昭和五〇年九月二六日、右は日航と何ら関係はなく、右マークの使用は第三者をして同社と混同を生ぜしめ迷惑である旨の回答があった。

(三) 捜査官の判断

前記電柱、陸橋等に貼示の広告並びに昭和五〇年七月一日発行の職業別電話帳、横浜市版一九三頁の広告物の各内容を総合して、広告主日本梱包は、ツルマークを掲示、トラック、鉄道便、船便、航空便をもって引越、小荷物、貨物を、大小、遠近にかかわらず輸送にあたり、恰も日航との間に資本の結びつき、技術提携など特殊な関係があるかのように一般の者をして誤認させる行為をなしているもの、いわば、不正競争防止法一条一項二号に該当するものと認めた。

(四) 捜索差押

他方、本件捜索場所内の原告日本梱包の実体につき、横浜地方法務局に照会したところ、同社の商業登記はなされていないことが判明、そこで、同室の賃借名義人である河上がかかる行為をしているものと一応推認ざれるので、同人を不正競争防止法違反の被疑者として、昭和五〇年一〇月一六日本件令状を請求、同月二二日、これに基づき本件捜索場所において捜索差押を実施した。

2  捜索、差押の適法性

原告ら主張のように、不正競争防止法五条二号にいう「不正の競争の目的」とは、公序良俗、信義衡平に反する手段により、他人の営業と同種または類似の行為をなし、その者と営業上の競争をなす意思をいうものと解せられているが(最高裁判所昭和三五年四月六日大法廷判決刑集一四巻五号五二五頁参照)、右判示は不正競争の目的の意義を示しているのに過ぎないので、被害者が同法一条による行為の停止を求めるには、加害者において当該行為につき不正競争の目的のあることを必要としない、いわば、不正競争の目的のあることが同条適用の要件であるとはいえないのであるから、捜査を開始するにあたって、捜査官において、加害者に不正競争の目的のあることの確認ないし確信の存在を前提とすべきいわれはないというべきである。なお、加害者に不正競争の目的があったか否かは、外形的事実により客観的に考察する外はないのである。

そして、白川が昭和四九年一一月頃から、原告日本開発の営業たることを表示するものとして、日航が使用するツルの形を表わしたマークを、その営業上の用品に使用していたものであるから、その使用者と目された河上及び白川が不正競争防止法五条二号、一条一項二号に該当する罪を犯したものとしての判断、取扱を受けても、やむを得ないものというべきである。

3  故意・過失の不存在

(一) 国家賠償法一条にいう故意または過失があるというがためには、当該公務員の事実に対する判断に重大な過誤があり、その判断が常識上到底首肯しえない程度に合理性を欠いていることが必要であり、法令の解釈については、その解釈が不合理なものであって、一般の司法警察員であるならば、到底かかる解釈をしないであろう場合でなければならない。いわば、職務上要求される通常の法律解釈に基づき正当と信ずる解釈に従って処分したものであるときは、過失があるものとすることはできない。

(二) 本件でいえば、警察官が前記の広告物の貼示、掲出行為は、その図柄、営業態様などからみて、不正競争防止法一条一項二号に該当する行為であると判断し、その広告内容の取扱業務態様から、事業が小規模であると否とにかかわりなく(前記最大判)、日航の営業と混同を生ぜしむる行為であると解すれば、その捜査を開始し、証拠を蒐集することは、前記の判例による法解釈の趣旨に鑑み、何ら違法、過失とせらるべきものではない。また、該広告主の所在、何人が原告日本梱包の責任者であるかは不明のため、警察官が証拠を捜査する手段として、右会社の経営者は部屋の賃借人であると一応判断することも当然である。ただ、本件令状執行に際し、事務所の入口に、「日本梱包株式会社」の表示はあったけれども、調査をしても、それは前記の如く未登記会社で、部屋の賃借名義人が経営手段としてその会社名を使用しているものとも解せられ、原告らと確然と甄別し難い状況にあったものである。従って、本件は不正競争防止法違反の点は、嫌疑不十分による不起訴処分となっているけれども、前記の次第ゆえ、いずれの点よりしても、警察官に故意、過失があったとすることはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、本件捜索場所を原告らがそれぞれの横浜営業所として共同使用していたとの事実を除いて、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らは、「本件令状の請求及びその執行は被疑者とされた者に何ら犯罪の嫌疑が存在しないにもかかわらずなされた違法な行為である。」と主張するので、この点について判断する。

1  ところで、捜索、差押は、被捜索差押者の住居等の平穏、プライバシー等を侵害し、またその権利行使を制限するものであって、場合によっては被捜索差押者に重大な不利益をもたらす処分であることを考えれば、右捜索、差押が刑事訴訟法に定める手続を適法に経ているからといって、直ちに捜査当局が全ての点において責任を免れるとすることは相当でなく、事後的に審査した結果、被疑事実が何ら合理的、客観的根拠に基づかない等捜査当局に社会通念上著しく妥当を欠く事情が存在し、ひいては刑事訴訟法に定める捜索、差押の要件が存在しないにもかかわらず捜索、差押をしたと認められる場合には、右捜索、差押は不当であるのみならず違法であるとの評価を受けるに至るものと解すべきである。

2  《証拠省略》によれば、神奈川警察署警察官が本件令状を請求するに至った経過につき、次の事実が認められる。

(一)  昭和五〇年八月一日、神奈川警察署警察官は、横浜市神奈川区桐畑一七番地一青木小学校前路上に設置してある訴外東京電力株式会社の電柱に、前夜貼示したと思われる「白地に赤でツルの形を象ったマーク((一)のマーク)を表示して、引越小荷物発送(〇四五)三二二―五三〇〇引越センター」なる広告を現認したが、右広告物には横浜市長の許可印はなく違法表示と認められたので、さらに、同署管内を調査したところ、反町、高島台、三ッ沢等神奈川区内の電柱、陸橋等にいずれも横浜市長の許可印のない同種ないし類似の「信頼のマークとして白地に赤でツルの形を象ったマーク(別紙図面(四)記載のマーク、以下「(四)のマーク」という。)を表示し、引越―地方発送(〇四五)三二二―五三〇〇日本梱包(株)」なる広告ビラが数百枚貼示されていた。

(二)  その後、右広告主である原告日本梱包について、広告表示の電話番号を基に捜査を進めたところ、河上が昭和五〇年四月一日、本件捜索場所に設置した着信専用電話であることが判明し、同年八月一四日、同所を内偵したところ、同所入口扉ガラス部分に、「日本梱包株式会社」名及び直径一五センチメートル位の円形の白地に赤のツルマーク(別紙図面(五)記載のマーク、以下「(五)のマーク」という。)が表示されており、同所内に五ないし六名の従業員が認められた。

(三)  また、同日、右広告物について、横浜市長宛に横浜市屋外広告物条例に基づく市長の許可の有無を、東京電力株式会社及び横浜電報電話局長宛に電柱ないし電話柱への右広告物貼示、掲出の許可の有無をそれぞれ照会したところ、いずれも許可していないことが判明し、同署警察官はこれらの広告物が横浜市屋外広告物条例二〇条一号、二一条、二条及び軽犯罪法一条三三号に違反するものであると判断した。

(四)  さらに、所在地を本件捜索場所として、原告日本梱包又は引越センターにつき横浜地方法務局に照会していたところ、そのころ回答が寄せられ、原告日本梱包については商業登記がされていないことが明らかとなり、また参考として送付された閉鎖登記簿によれば、「株式会社引越梱包センター」なる会社は存在するが、同社は昭和四八年一一月一二日、本店を東京都中野区中野三丁目四七番一三号におき、商号を「株式会社東京輸送コンサルタント」とし、梱包請負、梱包及び輸送に関するコンサルタント等を業務の目的として設立され、訴外森強が代表取締役をしていたところ、昭和四九年一〇月一日、田無市本町一丁目一二番七号及び横浜市西区戸部本町二五番五号に支店を各設置したが、昭和五〇年三月二五日、訴外森強が代表取締役を辞任して白川が代表取締役に就任するとともに、右横浜支店を廃止し、同月二八日に商号を「株式会社引越梱包センター」に変更していること、しかしながら横浜市内に同社の本支店の登記はなされていないことが判明した。

(五)  昭和五〇年八月中旬ころに至って、右横浜市屋外広告物条例違反被疑事件の捜査の過程で、前記違法広告物に表示されているツルマークが日航のマークとして広く一般に知られている(六)のマークに類似していることから、同署警察官は不正競争防止法五条二号、五条の二、一条一項二号違反の疑いもあるとして、この点についても併せて捜査を進めることになった。

(六)  昭和五〇年九月一六日、日航法務室長宛に通称「日本梱包株式会社」が営業上使用しているツルマークについて照会したところ、同月二六日、原告日本梱包ないし引越センターは日航とは全く関係がなく、同社の社章及び登録商標ときわめて類似している右マークの使用は第三者にサービスの出所混同をきたし迷惑である旨の回答があり、原告日本梱包が日航の系列会社でないことが明らかとなり、また同年一〇月一日、特許庁に対し、原告日本梱包がツル丸マークの商標登録をしているかについて照会したところ、登録されていない旨の回答があり、さらに、同年一〇月一六日、運輸省東京陸運局長及び神奈川県陸運事務所に対し、原告日本梱包ないし引越センターにつき、一般区域貨物自動車運送事業免許の有無を照会したところ、いずれも免許を与えた事実はないことが判明した。

(七)  その間にあって、神奈川警察署は警察官を日航の営業所等に派遣して、同社の営業内容について調査したところ、日航は旅客、貨物の航空輸送のほかにも陸上貨物運送を訴外日本通運株式会社に請負わせて行なっており、その際、日航の営業であることを表示するためツルのマークの入った貨物自動車を貸与して運送にあたらせていることが判明し、また、捜査の結果、本件捜索場所の賃借人が河上であって、訴外森強が保証人となっていることが判明した。

(八)  ここにおいて、神奈川警察署警察官は、違反広告物表示の日本梱包(株)と引越センターは同一電話を使用していて同一の会社であり、右電話が設置されている本件捜索場所には「日本梱包株式会社」なる表示で、同社の従業員数名が営業活動をしているが、原告日本梱包は商業登記されていないことから個人営業と認め、電話設置者及び本件捜索場所の賃借人が河上であることから右河上が「日本梱包株式会社」なる名称をもって営業活動をし、前記違反広告を貼示したものと判断し、前記捜査の結果判明した資料に基づいて、右河上のツルマーク使用は、一般の者をして日航の営業ないしはその系列会社と誤認させる行為であり、かつ、同人が不正競争の目的をもって右ツルマークを使用しているものと判断して、昭和五〇年一〇月一六日、本件令状の請求をし、本件令状は同日発付された。

右認定に反する証拠はない。

3  ところで、警察管は、「犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査する」ものとされ(刑事訴訟法一八九条二項)、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押、捜索をすることができ(同法二一八条一項)、右令状請求にあたっては、被疑者が罪を犯したと思料されるべき資料を提供してするのであるが(刑事訴訟規則一五六条一項)、「被疑者が罪を犯したと思料される」犯罪の嫌疑は、通常逮捕状請求の場合に要求される「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとき」の犯罪の嫌疑の程度(これは、有罪判決の事実認定に要求されるほど高度なものである必要はなく、また公訴提起の際に要求されるものよりなお低いもので足りる。)より低い場合も含むものと解される。

4  そこで、右を前提として、神奈川警察署警察官が本件令状請求時において被疑者に不正競争防止法違反の嫌疑があると判断したことの当否を検討する。

(一)  まず、同法一条一項二号の営業の主体を混同させる行為について検討するに、(六)のマークが広く一般に知られている日航の営業たることを示す表示であることは当事者間に争いがなく、マークの類似性についてみれば、(六)のマークは羽根が左右各四枚に切れ、頭上において連らなっているところ、最初に発見された引越センター名入りの広告に表示された(一)のマークは左右の羽根に切れ目が入っていないものの、(六)のマークによく類似していると認められ、また「日本梱包(株)」名入りの広告に表示された(四)のマークは、羽根が左右各二枚に切れ、頭上において連らなっておらず、目も入っているうえ多少いびつな形をしているけれども、なお全体としてみれば(六)のマークに類似しているといえるし、内偵捜査の際、本件捜索場所入口扉に表示されていた(五)のマークは、(六)のマークに極めて類似していることが明らかであって、担当警察官が右広告ないし事務所扉表示のツルマークの使用が、日航の営業上の活動又は施設と混同を生じさせる行為であると判断したことに、社会通念上著しく妥当を欠くものがあったとは認められない。

(二)  また、右警察官が、右営業の主体を混同させる行為をしている者が河上であり、同人が「日本梱包株式会社」なる名称で営業活動をしていると判断したことも、前記捜査の結果判明した各事実に照らせば、社会通念上著しく妥当を欠くものがあったとは認められない。

(三)そこで、右担当警察官が「被疑者は不正競争の目的をもって営業主体混同行為をしている。」と判断した点について検討するに、本件事案は、被疑者とされていた河上が多数のツルマークの表示のある広告を電柱等に貼示し、日航の営業活動ないしは施設と混同を生じさせる行為をしているというもので、本件令状請求時の捜査の進展の程度は河上の事務所関係者の取調べに入る前の、証拠を収集保全する段階にあったものであり、右不正競争の目的の有無について、右関係者の供述が得られていない事情にあり、かつ、いわゆる主観的違法要素である「不正競争の目的」の有無については、通常の場合、物証等の直接証拠が存在しないものであることを考慮すれば、前記認定した関係官庁に対する照会回答及び日航の営業内容には航空事業の他にも陸上の貨物運送部門もあり、河上の営業活動が日航のそれと競合する関係にあるとの捜査結果等の外形的事実により、右担当警察官が河上に不正競争の目的があると判断し、その結果河上が不正競争防止法五条二号、一条一項二号違反の罪を犯したと思料したことに、社代通念上著しく妥当を欠くものがあったとは認められない。

なお、原告らは、本件捜索差押前に運輸大臣に対し、免許の有無を照会すべきであった旨主張するが、前記のとおり、担当警察官は捜査結果から、日航と競業の関係にあると認められないわけではなく、不正競争の目的があるものと判断していたものであって、右捜査経過に照らせば、事前に右免許の有無を照会しなかったことによって、本件捜査手続が著しく妥当を欠き、違法になるとは認めることができない。

(四)  結局、神奈川警察署警察官による本件令状の請求はこれを事後的に判断しても、社会通念上著しく妥当を欠く事情が存在したものとは認められないのであり、原告らの本件令状請求が違法であるとの主張は失当であるといわなければならない。

5  次に、神奈川警察署警察官が本件令状を執行したことが違法である旨の原告らの主張について検討する。

前記説示のとおり、本件令状請求時に被疑者に不正競争防止法五条二号、一条一項二号違反の嫌疑が存在していたものであり、本件全証拠によるも、右本件令状請求時から本件令状執行時までの間に被疑者と目された河上の犯罪の嫌疑を否定すべき特段の新証拠が出現した事実は認められないのであるから、右担当警察官が本件令状を執行したことが社会通念上著しく妥当を欠くものがあったとは認められない。

なお、原告ら主張のとおり、本件令状の被疑事実の要旨には「不正の競争の目的をもって」との記載を欠いているけれども、右記載の欠缺が被疑者河上に対する犯罪の嫌疑が存在しないことに基づくものでないことは前記説示から明らかなところであり、また右瑕疵が本件令状に基づく右担当警察官らの捜索、差押を違法ならしめるものとも解せられない。

従って、本件令状の執行が違法であるとする原告らの主張は失当であるといわなければならない。

三  以上説示のとおり、本件令状の請求及びその執行が違法であることを前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかであるから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 龍前三郎 桐ヶ谷敬三 裁判長裁判官加藤廣國は退官につき署名押印することができない。裁判官 龍前三郎)

<以下省略>

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